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2008.12.05 Friday

ポリネシア語で解く地名

ポリネシア語で解く日本の地名・日本の古典・日本語の語源と言うサイトを見つけて日本語源に関してへ〜っていう発見がありました。 http://www.iris.dti.ne.jp/~muken/
地名とか名詞で意味不明なことばが日本語には多いことに気付きますがどんな意味があるのだろうと思ったことはありませんか?
今回まわった場所の地名、いせ、なら、やまと、くまの、かんのくら、ごとびき岩などについて調べました。


◎伊勢=(荒波が打ち寄せる)大きな音がとどろく場所のそば
 伊勢(いせ)国は、東海道15国の一つで、天武天皇9(680)年ごろ、伊勢・伊賀・志摩の三国に分かれたようです。

 国名の由来は、『伊勢国風土記』逸文に、伊勢津彦が国土を献じ、風を起こし波に乗って東方へ去ったので、神武天皇の命により国神の名をとって命名したという説話がありますが、さらに、
(1) 大和国の背の国、
(2) 山を背にしている国(以上『古事類苑』)、
(3) 五十鈴川にちなむ地名で、「五十瀬(いせ)」から(谷川士清『和訓栞』ほか)、
(4) 度会郡伊蘇(いそ)郷にちなむ「磯(いそ)」の転(松岡静雄ほか)とする説があります。

 この「いせ」は、マオリ語の   「イ・テ」、I-TE(i=beside;te=emit a sharp explosive sound)、「(荒波が打ち寄せる)大きな音がとどろく場所のそば」 の転訛と解します。これは『日本書紀』垂仁紀25年3月の条に「神風の伊勢国は、常世の浪の重浪(しきなみ)帰(よ)する国なり」とあることに符合します。

◎大和=実に・深い湿地がある地域
 大和(やまと)・倭(やまと)は、狭義では奈良県の一部、次いで奈良県全部、広義では日本全体を指します。
 ここでは律令制下の奈良県の地域を指す国名として検討します。
 大和(やまと)国は、夜麻登(『古事記』、『万葉集』)、夜萬止(『和名抄』)、耶魔等・夜麻等・野麻登・山門・大日本など(『日本書紀』)、日本(『日本書紀』、『万葉集』)、倭(『古事記』、『日本書紀』、『万葉集』)、大養徳(『続日本紀』)、和(『万葉集』、『続日本紀』)、大倭(『古事記』、『日本書紀』)、大和(『続日本後紀』、『和名抄』、『万葉集』)などと多様に書かれています。
 その語源については、
(1) 「ヤマ(山)・ト(門)」で山間地帯への入り口の意、
(2) 「ヤマ(山)・ト(処)」で山国の意、
(3) 山の神が居られるところ、
(4) 大物主神が鎮座する三輪山あたりの土地の意とする説があります。
 この「やまと」は、マオリ語の 「イア・マト」、IA-MATO(ia=indeed;mato=deep swamp)、「実に・深い湿地がある地域(大和国)」の転訛と解します。
 かつて大和国の中心部、奈良盆地にはその中央に大きな湖がありました。このことは、縄文時代以降の遺跡の分布や古墳群の所在状況などからも明らかです。ただし、その湖がいつごろから縮小しはじめ、いつごろ完全に乾陸化したのかは定かではありません。おそらく神武天皇が大和へ入ってきた縄文時代の末期または弥生時代の初期にはいまだに大きな湖が存在し、その周辺に先住の部族がたむろしていたものと思われます。
 「やまと」とは、この乾陸化以前の「大きな、深い湿地」が存在するというこの地域の最大の地形的特徴を表現した地名です。
 この「やまと」は、福岡県の「山門(やまと)郡」と同じ語源です。水郷柳川市のたたずまいは、かつてこの地域に広い湿地があったことを推察させます。

◎奈良=(布の)皺を伸ばした(ような土地)
 大和国の奈良(なら)は、那羅・乃楽(『古事記』、『日本書紀』)、奈良(『万葉集』、『三代実録』)、平・寧楽・名良・楢(『万葉集』)、平城(『万葉集』、『日本書紀』、『続日本紀』)等とさまざまに表記されています。
 この語源は、『日本書紀』崇神紀10年9月条に「草木踏み平(なら)す。因りて其の山を号(なづ)けて那羅山と曰ふ。」とあり、緩傾斜地を指すというのが通説です。
 この「なら」は、 「ナラ」、NALA((Hawaii)to plait)、「(布の)皺を伸ばした(ような土地)」
  または「ナハ・アラ」、NAHA-ARA(naha,nahanaha=well arranged,in good order;ara=way,path)、「道路が・(碁盤目状に)整然と造られている(土地)」(「ナハ」のH音が脱落して「ナ」となり、その語尾のA音と「アラ」の語頭のA音が連結して「ナラ」となった)の転訛と解します。

◎熊野(くまの)=雨が非常に多い(地域)または静かな内陸(の地域)
 熊野は、紀伊半島南部一帯をいい、現和歌山、三重、奈良三県にまたがっています。紀伊国牟婁郡を主とし、大和国吉野郡南部を含めた地域と考えられます。
 『日本書紀』神代上第5段の一書(第5)にイザナミノミコトが火神カグツチを産む際灼かれて薨去したので「紀伊国の熊野の有馬村」に葬ったとあり、『古事記』中巻神武天皇東遷の条に「熊野村に到りましし時、大熊が出」たとあります。
 ここは、古くから霊魂の鎮まる場所という観念があったようで、やがて熊野三山と称される霊場が開かれると、神秘的な伝承が次々に発生し、死者の霊は熊野に集まるとか、熊野へ行けば死者の霊に会えるといった信仰が生まれ、古代末期から中世には熊野詣が盛んとなりました。
 この「くまの」は、(1) 『古事記』の「大熊」出現の故事による、
(2) 出雲の「熊野」の地名が移された、
(3) 「クマ(曲、隈、隠)」からなどとする説があります。
 この「くまの」は、マオリ(ハワイ)語の
  「ク・マノ」、KU-MANO(ku=silent,showery unsettled weather;mano=interior part,heart,thousand,indefinitely latge number)、「雨が非常に多い(地域)」または「静かな内陸(の地域)」
  または「クマノ」、KUMANO((Hawaii)water tank,reservoir)、「貯水タンク(のような土地)」
の転訛と解します。(古典篇(その三)の神武東遷の「熊野」の解釈は、上記のように微修正します。)なお、島根県八束郡八雲村熊野に鎮座する熊野大社の「くまの」は、紀伊国熊野との関係が不明ですのでまだ確定的なことは言えませんが、別々に成立したとすれば「静かな内陸(の地域)」の意でしょう。

◎那智滝=山に挟まれて)狭い(谷に落ちる滝。その滝がある山)
 和歌山県南東部、東牟婁郡那智勝浦町に那智山があり、日本一の落差(133メートル)を誇る那智滝があります。
 那智山は、大雲取山(966メートル)を最高に、妙法山(750メートル)、烏帽子山(909メートル)などを含む那智川上流一帯の山塊です。年間降雨量は、3,500ミリメートルを越える多雨地帯です。
 那智滝は、那智山中の「那智四十八滝」の「一の滝」で、「那智大滝」とも呼ばれ、那智山の中腹にある熊野三山の一つ熊野那智大社の別宮飛滝(ひろう)神社のご神体とされています。滝の傍らには、西国33所観音霊場第1番札所の青岸渡(せいがんと)寺があり、修験の道場となっています。
 この「なち」は、「難地」の意のほか数説あるようです。
 この「なち」は、マオリ語の
  「ナチ」、NATI(pinch,contract)、「(山に挟まれて)狭い(谷に落ちる滝。その滝がある山)」
の転訛と解します。
 この飛滝神社の「ひろう」、青岸渡寺の「せいがんと」は、いずれも那智滝を意味する言葉で、マオリ語の
  「ヒ・ロウ」、HI-ROU(hi=raise,rise;rou=a long stick used to reach anything)、「高い柱(のような滝)」
  「テイ・(ン)ガナ・ト」、TEI-NGANA-TO(tei,teitei=high,tall;ngana=be eagerly intent,strong;to=drag)、「高くて力強く落ちる(滝)」(「(ン)ガナ」のNG音がG音に変化して「ガナ」となり、語尾のA音が脱落して「ガン」となつた)
の転訛と解します。

◎熊野速玉大社=氏族の長の霊(を神として祀る神社)
 和歌山県東部、熊野川の河口にあり、交通の要衝にある新宮市に、『延喜式』にみえる熊野早玉神社、現熊野速玉大社が鎮座します。早くから山岳宗教として発展し、もとは早玉大神と那智の主神・熊野夫須美(ふすみ。結びの意とされる)神、本宮の主神・家津御子(けつみこ)神(のちに本地阿弥陀如来)を併せて祀っていましたが、のち仏教と混交し本地を薬師如来としています。
 この「はやたま」は、マオリ(ハワイ)語の
  「ハイア・タマ」、HAIA-TAMA(haia(Hawaii)=retainer or follower of a chief;tama=son,child,spirit)、「氏族の長の霊(を神として祀る神社)」の転訛と解します。
なお、那智の主神の「ふすみ」、本宮の主神の「けつみこ」は、マオリ語の
  「フ・ツ・ミヒ」、HU-TU-MIHI(hu=hill;tu=stand,settle;mihi=admire)、「山に居る崇敬すべき(神)」
 「ケ・ツ・ミヒ・コ」、KE-TU-MIHI-KO(ke=different,strange;tu=stand,settle;mihi=admire;ko=girl,male)、「変わった場所に居る崇敬すべき(神)」の転訛と解します。

◎神倉(かんのくら)山=氏族の長の頭(のような岩(=ごとびき岩)がある山)
 熊野川河口右岸に立地する新宮市の市街地の西の千穂(ちほ)ケ峯の南端に神倉山があり、山上に熊野速玉神社の摂社神倉神社が鎮座します。熊野速玉神社を新宮と称するのは、本宮に対する呼称ではなく、旧社地神倉山に対する呼称といいます。
 この「かんのくら」、「ちほ」は、マオリ語の
  「カネ・クラ」、KANE-KURA(kane=head;kura=red,treasure,chief,ceremonial restriction)、「氏族の長の頭(のような岩(=ごとびき岩)がある山)」
  「チホ」、TIHO(flaccid,soft)、「たるんだ(山)」の転訛と解します。

◎ごとびき岩=(山の上へ)よじ登った頭(のような形の岩)
 神倉神社のご神体は、神倉山の巨岩「ごとびき岩」です。
この「ごとびき」は、マオリ語の  「(ン)ゴト・ピキ」、NGOTO-PIKI(ngoto=head;piki=climb,ascend)、「(山の上へ)よじ登った頭(のような形の岩)」の転訛と解します。
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